子どものうんちがくさいな…と感じることが増えてきたら、食事を少し見直してみるのもひとつの方法。においの原因や、理想とされる「バナナうんち」との違い、わが家で続けている食べ方についてまとめました。
愛しいわが子のうんちのにおいを、どうにか少しでも軽くできないかなぁと思って、いろいろ考えてきた。
赤ちゃんのころのうんちは、とくに不快に感じなかった。母乳やミルクだけを飲んでいたあの時期は、やわらかくて、におい控えめだった。母乳育児だったので、なんなら”炊きたてごはんのにおいだな”と思っていた。
でも離乳食が始まって、食べる量が増えて、幼児食に近づいてくると、においもちゃんと“成長”してくる。子どものうんち、くさいな…と思うことが増えてきた。もちろん愛しいわが子なんだけど、おむつ替えのたびにちょっと覚悟がいる。
だったら、うんちそのものを、できるだけ「くさくない形」に整えられないかな?と考えるようになった。
管理栄養士としての知識もあるし、母としての実感もある。その両方を使って、いまはわが家で続けていることがある。
わが家のスタメンは大根とにんじん
わが家では、大根とにんじんはほぼ常備野菜。理由はシンプルで、「子どもの気分に左右されにくい」から。今日はこれイヤ!が少ない。比較的いつでも食べてくれる。これは本当に助かる。
実際、子どもの便を観察すると(職業柄つい見てしまうのですが)、大根やにんじんの姿がそのまま確認できることもしばしば。「よし、ちゃんと野菜はとれてる!」こんな安心感はある。
けれど、正直に言うと、出やすそうなやわらかい便にはなるものの、においはきつい。べっちゃりしていておしりに広がりやすく、拭き取りにくい。
量はしっかりしているし、やわらかい。でも、理想のうんちとはちょっと違う。大根やにんじんに頼った生活だと、そんな印象があった。
べっちゃりうんちと、バナナうんちの違い
大根やにんじんは、水溶性食物繊維を比較的多く含む。水溶性食物繊維は水を含んでゲル状になり、便をやわらかくする。腸内環境を整えるうえではとても大切な成分。
そのため、出しやすそうなやわらかさにはなる。でも、便の「かさ」をしっかり作る力はそこまで強くない。
まとまりきらず、べっちゃり広がる。おしりが汚れやすい。そして便のボリュームが十分でないと腸を押し出す力も弱くなり、腸内にとどまる時間が長くなることがある。
腸の中で長くとどまると、たんぱく質の腐敗が進み、アンモニアや硫化水素といったにおい成分が増えやすくなる。
だから、「やわらかいのに、くさい。」が起きやすい。
葉物野菜で変わった、うんちの質
一方で、明らかな違いを感じたのが小松菜やほうれん草などの葉物野菜。
これらは不溶性食物繊維を比較的しっかり含む。不溶性食物繊維は便のかさを増やし、腸を刺激し、排便を促す働きがある。つまり、「押し出す力」が強い。
葉物を意識して取り入れると、きちんと“バナナうんち”になる。まとまって、つるんと出てくる。そして不思議と、においが強くない。
しかも、まとまっていると本当におしりが汚れにくい。べっちゃりだとおしりふきは4~6枚使うこともあるけれど、緑のうんちだと3枚くらいで済むこともしばしば。
拭いた後のおしりもそんなに臭わず、いつもの愛おしいおちりが戻ってくるのは、とーっても嬉しい。
科学的にも説明はつく
小松菜にはマグネシウムも含まれている。マグネシウムは腸に水分を引き込み、便を適度にやわらかくする働きがある。不溶性食物繊維で「かさ」を作り、マグネシウムで「やわらかさ」を保つ。
だから、かたいコロコロ便にならない。でも広がりすぎない。ちょうどよくまとまる。
さらに葉物に含まれる葉緑素(クロロフィル)には、臭気成分を吸着する作用があると考えられている。そして滞留時間が短くなれば、腐敗も進みにくい。
においが軽く感じられるのは、感覚だけの話ではなさそう。
葉物を食べてもらうためにしていること
特別なテクニックはない。ただ、子どもにちょっとうきうきしてもらうことは意識している。
小松菜をあえて一本まんま渡してみたり、ゆでているところを一緒に見たり、ゆでたてをその場でひと口食べたり。
「特別ね!」「今が一番おいしいよ!」なんて言いながら。
野菜を“料理”として出す前に、“体験”として味わってもらう。それだけで、驚くほど食べてくれることがある。なんなら“ちょっと悪いことしてる”みたいな気持ちにさせたら、もうバクバク食べる(笑)。
栄養学も大事。でも、わくわくも同じくらい大事。
腸を動かすのは食物繊維だけれど、食べる気持ちを動かすのは、きっと体験。
そう思っている。
くさいものは、できればくさくないほうがいい。それはとても現実的で、とても母親らしい願い。
うんちは体からのメッセージであり、おむつ替えは毎日の出来事。
野菜の食べ方を少し変えたら、ママの「覚悟の時間」も少し減るかもしれない。
わたしはこれからも、遊んでいるこどもを呼び寄せて、小松菜を放り込む。
