紙皿、上手に使ってる?育児がしんどい日の「洗わない選択肢」

紙皿って、使ってますか。
育児してると、「皿を洗う」っていう行為が、ただの家事じゃなくなる瞬間がありますよね。今日は頑張れる日か、倒れ込む日か。いま自分に残ってるHPはどれくらいか。夕飯を作る前から、もう判定が始まってる。で、たいてい負けてる(笑)。

本当に倒れこむくらい疲れた日って、「料理をする・しない」だけじゃないんですよ。そこじゃない。問題は「後片づけ」なんです。ごはん作れた。子どもに食べさせた。もうそれで偉業。でもそのあと、シンクにそびえる皿、皿、皿。コップ、コップ、コップ。あの光景を見て、心が折れる。あーはいはい、最後までやって完走しろってことね、って。いや無理無理。今日の私はもう、走れない。

そんな日、私は思うんです。オール紙皿の日があってもよくない?って。


育児がしんどい日は、紙皿でいい。ほんとに。

紙皿って、なんか「非常時のもの」ってイメージありません?キャンプとか、災害とか。でも、育児もわりと毎日が非常時なんだよなぁ。夜泣き、イヤイヤ、謎の癇癪、体調不良、保育園からのお迎えコール。これに仕事まで乗ってきたら、もはやRPGの終盤ボス戦。

だから、ほんとに無理な日は、食卓ぜんぶ紙皿でもいいと思います。意外とこれ、考えたことある人少ないし、実践したことある人はもっと少ない。たぶん「やっていいと思ってない」んですよね。分かる。やるたびに「エコじゃないよなぁ…」って私も思う。でもね、育児ノイローゼになりそうなときとか、メンタルがギリギリで「今日これ以上頑張ったら崩れる」ってとき、背に腹は変えられない。介護もきっと同じだと思う。

紙皿にするって、サボりじゃなくて、ちゃんと自分の体力を見積もって、壊れないように調整してるってことなんですよね。むしろ意識高い系じゃない?(笑)


「でもエコじゃないし…」って思ったときに考えてほしいこと

これも分かる。私も毎回思う。紙皿使うたびに、心の中にちっちゃい環境活動家が出てきて、「それでいいのか」って言ってくる。でもさ、じゃあお弁当を買ったとして、何が違うんだろうって。お弁当だって、ほぼ全部プラスチック容器に入ってるし、スプーンも割りばしも付いてくる。結局“使い捨て”はすでに生活の中にあるんですよね。

なのに紙皿だけ、なんか罪悪感が強い。たぶん「自分で選んでる」からかな。選んだ瞬間に、「自分の責任」に見えちゃう。でもね、育児で倒れこむくらい疲れてる日って、もう“普通の判断力”が残ってないんですよ。そういう日に必要なのって、正しさじゃなくて回復だと思う。

それに、本当は私もエコしたい。子どもはわたしたちの宝だし、そんな宝物が住む未来はきれいなまま残したい。だからできることはやってる。パイプユニッシュを控えたり(詰まったときだけ使う)、柔軟剤を控えたり(ごわついたときだけ使う)、食器用洗剤やシャンプーを無駄に使わないようにしたり、極力排水溝に油を流さないようにしたり。日常でできることは、ちゃんとある。

でも、家族の時間も大事にしたい。家事に追われて子どもとの時間が作れなかったり、精神的に余裕がなくなるのも、やっぱり違う。子どもっていつまで経っても手がかかるように感じるけど、本当に手がかかる時期ってほんの数年なんですよね。その数年で、使い捨て食器などに頼ることって、罰当たりかな?私はそうは思わない。子どもに手がかからなくなったとき、これまで意識できなかったエコに真剣に向き合うんじゃダメかな。いまはまず、生き延びたい。


紙皿を使うのは「本当に無理な日」だけじゃなくてもいい

ちなみに私は、夜に夫と2人時間を過ごすときも紙皿使っちゃいます。
こどもに内緒でケーキ食べるときとかね(笑)。「今日だけ」って言いながら、しれっと紙皿。だってさ、せっかくの静かな時間に、また皿洗い増えるのほんと無理。あの時間って、夫婦の会話とか、ただの休憩とか、そういう“回復”の時間じゃないですか。そこに家事をねじ込みたくない。

紙皿って、ラクをするためというより、「回復を確保するため」に使う感じです。


紙皿ほどじゃないけど…って時は、お皿にラップ

紙皿を出すほどじゃない日もあるんですよね。
でも「洗うの増えるのは嫌」っていう日。そういう日、私はお皿にラップします。

お皿にラップって、“防災のときだけ”っていうイメージありません?でもそれって先入観じゃない?夕食のときにこれやったって、結局お箸で傷ついて穴空いたりして、結局洗い物は免れられなかったりする(洗うこと自体は楽になるけどね)。でもそんな中途半端なことはしたくないから、わたしはおやつ食べたりするときに使ったりする。

たとえば、夜の戦争を終えて、こどもを寝かしつけて、大人だけのゆっくりする時間。ほっと一息つくために何か食べたいのに、また洗い物増えるとかほんと無理。パパと話しながらポテチ食べるとか、クッキーを食べるとか。うちはお酒飲まないけれど、もし晩酌する家庭なら、ありがたみ増したりするのかも。

「紙皿を使うほどじゃない」けど「洗いたくない」。そんなときは、お皿にラップ。これ、地味に人生変わります。


割りばしは、家のごはんに使ってもいい

割りばしもね、コンビニでごはん買ったときとか、スーパーでお惣菜買ったときだけ使うイメージじゃない?でもそれって先入観じゃない?家で作ったごはんの時に使ったっていいんだよ。

細かいカトラリーを洗うのって意外とめんどくさいんですよね。とくに子ども用のスプーンとかフォーク。小さいし、落ちるし、溝に入り込むし、乾かないし。しかもそのくせ一丁前に本数が多い。なんなのあれ。増殖するんか。

だから私は、どうしても無理な日は割りばし出します。紙コップも出します。いや、出していい。今日を乗り切るために必要なんだから。


最終手段:机にラップ貼る

これはちょっと笑われるかもしれないけど。
どうしても今日は無理っていう日は、ラップも使う。ラップを机全体に貼り付ける。これで食べこぼしも気にならない。油汚れが机にべったりついてもおおらかな気持でいられる。

子どもって、なんでそんなに食べこぼすの?ってくらい食べこぼすじゃないですか。しかも油系とか、ソース系とか、なんか落とされたら終了みたいなやつを落としてくる(笑)。それを拭くのも洗うのも、毎日毎日だと、地味に心を削られる。だから、もう無理な日はラップでガード。作業としては単純。罪悪感はある。あるけど、今日を乗り切るための結界だと思ってる。


まとめ:これは手抜きじゃなくて「生活を守る工夫」

紙皿、ラップ、割りばし。
どれも、「やっちゃダメ」って思ってる人が多い気がする。でも、違う。こういうのって、サボるためじゃなくて、生きるためなんですよね。

そしてね、育児って疲れます。疲れが慢性的で、「今日疲れたな~」とかそんなレベルじゃない。疲れたなんて当たり前で、もう起きてられないくらい疲れたのか、否か。そういう世界で生きてる。だから、倒れこむくらい疲れた日、オール紙皿の日があっていい。お皿にラップの日があっていい。割りばしの日があっていい。

エコじゃない日もある。でも、いまは家族の時間が一番大事。
家事に追われて、子どもとの時間が減ったり、余裕がなくなるほうが、私はもっと嫌だ。

だから今日も、無理な日は、使い捨てに頼る。
そして明日、元気が戻ったら、また戻せばいい。
ちゃんと戻せる日が来るから、大丈夫。

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